認知行動療法を神経科学で考える−1

私たちの脳は、自分の外側から入ってくる雑多な情報をそのまま処理しているわけではなく、まずこれまでの経験を元に現実を予測するモデルを作っています。雑多な情報に溢れている現実世界を効率よく把握するための雛形を予め用意しているわけです。そして予測モデルと実際の現実との違いが予測誤差としてフィードバックされ、初めにあった予測モデルを書き換えます。この一連の情報処理が、モデルが安定するまで繰り返し行われます。

予測モデル

現実と照合

予測誤差の検出

フィードバック

モデルの書き換え

つまり、脳はこれまでの経験に基づいて、新しく入力される情報の意味を事前に予測しているということです。脳がこのようなやり方で現実を捉えているという見方は、神経科学者たちの間で広く受け入れられています。

さて次に認知行動療法では、ストレスフルな出来事や刺激に対して、個人が内的にどのような反応をしているかを認知(考え)、感情(気持ち)、行動(どう動いたか)、身体(身体反応)の4つの枠組みで捉えます。

そして、認知と行動に対して働きかけを行っていきます。ここで大事なのは、感情と身体は自然な反応なので放っておくことです。誰かからサプライズプレゼントを貰った時の喜びを感じないようにすることは出来ないし、お腹が空いた時に下腹がグーグーなるのを意思の力で止めること出来ません。これと同じように、嫌なことがあった時に湧き上がる感情(怒り、イライラ、不安など)や身体反応(心臓がドキドキする、手に汗をかく、肩の緊張など)も自然な反応であって、直接コントロールすることは出来ません。

しかし、認知と行動は変えていくことが出来ます。そこで、認知と行動をより適応的にものにするための策を練って、あれこれ試しながらレパートリーを広げていきます。

脳の予測システムの話に立ち返って考えてみると、認知行動療法は、脳が自動的に作成する予測モデルを適応的なものに書き換えることに大きく貢献していると考えることが出来ます。先ほど説明した通り、脳は予測誤差のフィードバックを頼りにモデルの修正を行いますが、予測誤差を生み出しているのは、予測モデルと現実を照合するプロセスであることが分かります。そしてこの、予測と現実の照合プロセスこそが、私たちが脳が作る予測モデルに対して変化を起こせる唯一の場所です。

             予測モデル  (脳が勝手にやっている)
               ↓
             現実と照合  (脳が勝手にやっているが、情報の入力は操作できる
               ↓
            予測誤差の検出 (脳が勝手にやっている)
               ↓
            フィードバック (脳が勝手にやっている)
               ↓
            モデルの書き換え(脳が勝手にやっている)

認知行動療法で行う認知と行動への働きかけは、他者からの言葉や、自らの言葉の再入力、これまでと違う行動をした結果としてもたらされる新しい情報の入力によって、予測モデルが自然に書き換わるような予測誤差を生み出していると考えることができます。

つづく(次回は、具体的な例を使ってイメージしやすくします。)