電車を乗り過ごすのはなぜか

 電車をのり過ごした経験はありますか?私は何度もあります。例えばA駅を目指していたとします。電車のアナウンスは「この駅を出ますと次はA駅に止まります」「まもなくA駅に到着します」「A駅、A駅ですお降りの方は・・・」と親切にも何度もA駅への到着を知らせてくれています。私が電車を乗り過ごした時は機械のトラブルが起きていてアナウンスがなかったのでしょうか?いいえアナウンスは確かにありました。ではなぜ乗り過ごしてしまったのでしょうか?考え事をしていてアナウンスに気づかなかったからです。でも、なぜ考え事をしているとアナウンスに気づけなくなるのでしょうか?

 それは知覚分離(Perceptual decupling)という現象で説明できます。知覚分離とは、考え事をしている時に、知覚情報(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)の処理が抑制される脳の働きのことです。脳が思考の効率を保つために邪魔になる情報、つまり外から入ってくる感覚情報を排除していると考えられています。前回ご紹介した研究でも、注意が内向の時に視覚野の脳活動が抑制さえれていたことが示されています。

 他にも、スクリーン上に0〜9までの数字がランダムに出てきて、数字が出てくるたびに右手に持っているボタンを押し、Xが出てきたときは押さないという注意維持課題を使った研究があります。この研究では、課題に集中していた時と考え事をしていた時の事象関連電位(事象に関連して生じる脳波の電位変動)を調べました。すると考え事をしていた時に視覚野の脳波の振幅が小さいことが分かりました。また、課題とは無関係な音をランダムに提示しながら同じ実験を行なうと、考え事をしていた時に聴覚野の脳波振幅が小さいという結果が得られています。

赤:課題に集中していた時/青:考え事をしていた時
https://open.library.ubc.ca/cIRcle/collections/ubctheses/24/items/1.0071153

 同様の課題を使って行われたfMRI研究では、考え事をしている時にデフォルトモードネットワーク(Default Mode Network: DMN)に属する領域の活動が高まっており、反対にセントラルエグゼクティブネットワーク(Central Executive Network:CEN)に属する領域の活動が抑制されていたことが示されています。DMNはマインドワンダリング(Mind-wanderirng:目の前のことと関係のないことを考えている状態)と、CENは注意のコントロールや目標志向行動に関わっています。この2つのネットワークは競合していて、一方の活動が上がるともう一方の活動が下がるというシーソーのような関係性にあります。この研究ではさらに、DMN領域の活動上昇は課題のエラー(ボタンを押す時に押せない/ボタン押しを抑制する時に押してしまう)に先行して起きていたことが示されています。

考え事をしていた時

緑色の矢印:活動上昇が認められたDMN領域
(B:腹側前帯状回, C:楔前部, D:側頭頭頂接合部)
青色の矢印:活動低下が認められたCEN領域
(A:背側前帯状回, E:背外側前頭前皮質)

エラーが起きる前

緑色の矢印:活動上昇が認められたDMN領域
(F:腹内側前頭前皮質, G:背内側前頭前皮質)
https://www.pnas.org/content/106/21/8719

 これらの結果は、課題中に考え事が始まると目前の課題への注意維持が困難になり、結果的にエラーが起こりやすくなることを示唆していて、知覚分離を支持する結果と言えます。

まとめ

 以上を踏まえて私が電車を乗り過ごす理由を考えてみると、こんな風に説明できそうです。

「A駅下車課題」遂行中に(←笑うところです)私は猛烈に考え事をしていて、聴覚情報の処理が抑制されてしまってアナウンスに気付けなかった。さらに考え事の最中にDMNの活動が上昇、CENの活動が抑制されていたことで「A駅下車課題」の存在すらどこかに飛んでいた。

参考文献:Meta-awareness, perceptual decoupling and the wandering mind

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